七峯の丘から

下町連合渡御拝観 [平成30年6月10日]
 東京の日枝神社の御例祭「山王祭」が始まっています。8日には神社の神幸祭が行なわれ、日枝神社の鳳輦(ほうれん・一般で言う御神輿)が皇居参賀と氏子地域を渡御しました。
 日枝神社の氏子地域は永田町や麹町、九段などを中心とした上町と、日本橋や京橋を中心とする下町に分けることが出来ます。
 江戸時代までは各町内が山車をもって祭礼にあたっていましたが、明治以降は町内神輿が中心となり今日に至ります。
 この際に各町内所有の山車が東京近郊へ渡り、佐倉へも4本(横町・上町・二番町・肴町)の山車が来ております。
 さて、「神輿深川 山車神田 だだっぴろいは山王様」という狂歌もあるように、日枝神社の氏子地域は兎に角広い。
 上町地区は神社に近いので宮入が出来ますが、下町地区は神社から離れているため神幸祭の御旅所にあたる日本橋日枝神社(摂社)を中心に連合渡御が行なわれています。
 日枝神社の大祭式は6月15日。神幸祭はその前の金曜日で、翌土曜日が上町連合の連合宮入、そして日曜日が下町連合の連合渡御です。
 下町地区からは上記の山車が佐倉に来ている縁もあり人的交流が盛んです。特に町内神輿の担ぎ手や江戸囃子の演奏には多くの佐倉っ子が参加しているんですよ。
 今日は下町連合の渡御でしたので、当社の宮司と禰宜で縁のある町内と佐倉っ子へ表敬と激励に行ってまいりました。
 午前中のご奉仕を済ませてからでしたので、東京駅に着いたのはお昼過ぎ。それこそ東京駅付近は下町地区ですので、改札を出て地下街に入ると袢纏を羽織った姿が散見されました。
 八重洲を通過し中央通りへ入ると、ちょうど連合渡御の先頭が見え始めるところで、各町内の高張り提灯が誇らしげに列んで進んでおります。
 この後ろに町内神輿がお囃子と共に順番で日本橋まで進み、橋の中心で天高く差すのです。
 町内神輿を拝観していると、日枝神社の宮西宮司と遭遇。ご挨拶と祝辞を致しました。
 台風の影響で途中から雨模様となってしまいましたが、担ぎ手達は力水とばかりに大いに盛り上がっており、佐倉の一連隊も各所で頑張っている姿を見ることが出来ました。
※神幸祭と町内神輿の渡御は2年に一度。その間の年は神田神社がお祭となります。

下町連合渡御先頭

日本橋高島屋玄関にも