七峯の丘から

宮小路について [令和1年5月15日]
 このところ生き狛犬達との散歩について書くことが多くなっておりますが、今日はそれに関連してと言うか散歩コースの宮小路について。
 宮小路と書いて「みやこうじ」と読みます。宮は神社。当然、麻賀多様の事を指し、小路とは細い道、もしくはまっすぐな道の意味。
 決して路地という意味ではありませんのでご注意を。
 なので、麻賀多神社の前を通っている真っ直ぐな道沿いの場所を宮小路と言います。
 町内名だと町がついて「みやこうじまち」。神社最寄りのバス停も「宮小路町」なのですが、車内アナウンスでは「みやこうじちょう」と言っていますのでいずれの時に訂正を申し入れた行く思っております。
 その昔は神社の鎮座地「鏑木」をとって鏑木小路とも言ったそうですが、いつの世からか宮小路となったそうです。
 いずれにしても麻賀多神社と不可分な地名と言う事になります。
 昨日ですが、宮小路町内で造成工事に伴う安全祈願祭を奉仕しました。
 宮小路町には2本のメイン通りが有り、1本は神社前を通って佐倉城に向かう道。
 もう1本はそれと平行して現在の武家屋敷の通りです。
 今回の祭典は後者の武家屋敷の通り沿いで行いました。
 江戸時代、武士の屋敷は藩からの借り物。今で言うところの社宅に該当しました。
 明治以降、最後に済んでいた者に払い下げられたり、武家以外の者が住んだりと住民構成は一変しました。
 また佐倉は佐倉城址に陸軍の連隊が入ったことにより一部の武家屋敷が将校官舎となった例もあります。
 それぞれある程度の敷地面積が有りましたが時代の流れというか、なかなかそれを維持するのも大変なのです。
 なので敷地の一部、若しくは全部を宅地造成するようなことも行なわれるようになりました。
 お祓いの準備をしている時、ふと顔を上げると敷地の先、家々の屋根の合間から麻賀多様の境内樹が見えました。境内南東のヒマラヤスギですね。
 神社は御城下では一番高い場所にあり、その上に木々がありますのでよく目立つのです。
 造成工事は今月末で終了という事で、分譲後は新たな住人が入ってくることになります。
 その際には是非、地名の由来や地域の歴史をよく知って頂き、愛着をもって長く住んで貰いたいですね。