七峯の丘から

李登輝先生の逝去にあたり [令和2年7月31日]
 昨日、台湾元総統の李登輝先生が97歳で逝去されました。ここに謹んで哀悼の意を表します。
 先生は旧台北高等学校を卒業後、京都大学で農政学を新渡戸稲造氏に師事。
 その後、陸軍少尉として終戦を迎え台湾に戻り、台湾大学やアメリカのコーネル大学に学び農業経済博士として活躍する一方、政界に進出し無任所大臣から台北市長。
 そして戦前から台湾島に住んでいる本省人として最初の中華民国総統に就任します。
 ここまでかなりかいつまんで記していますが、先生の一番の功績は中華民国たる台湾の民主化と総統選挙を実施したことにです。
 それまでは戦後大陸から台湾にやって来た中国国民党の独裁で総統も大陸からやって来た外省人が就任していました。
 もちろん先生も最初の総統就任は国民党独裁下でしたが、党内の強烈な抵抗を受けながらも台湾の民衆による総統選挙を実施したのです。
 中共の選挙妨害工作や軍事的緊張が高まりましたが、結果として次の陳水扁氏や今の蔡英文氏に民主化の精神は受け継がれたのです。
 先生は日本との交流にも力を注がれたのは有名な話で、とかく親中派の多い日本政界にあって保守系の政治家やジャーナリストなどと親交を深め、度々訪日をされました。
 ただ、この訪日でも中共の顔色を窺う親中派の政治家や外務省役人によってかなりの妨害を受けていることが日本人として情けない限りです。
 先生は平成19年6月に靖国神社を参拝。本殿に昇殿し黙祷をされています。
 実は先生の兄李登欽さんは日本海軍志願兵としてフィリピンのマニラで戦死。靖国神社に英霊として祀られているのです。
 上記のように数々の妨害が有りながらもトランジットも含めて何度となく東京を訪れています。
 それでも靖国神社に参拝できたのはこの時だけ。先生はお兄さんが靖国神社に祀られているのを知らなかったと語っていますが先生も政治家。それを額面通りに捉えるのもね・笑
 時は第一次安倍内閣。当然の中共が不快感を示しますが、安倍総理は「日本は自由な国なので本人が判断すること」と述べ、塩崎官房長官も「私人としての訪問で政府がコメントする事は無い」とバッサリ。
 逆に言うと安倍内閣でなければ参拝が出来なかったでしょうね。
 だって次は親中派の福田康夫氏だし、その次の麻生太郎氏だったら可能性はあったにせよリーマンショックでそれどこではなかったでしょう。
 その次の民主党政権は話に成りませんので、丁度頃合いが良かったんですね。
 宮司が会長を務める佐倉ライオンズクラブは台北ノースライオンズクラブと姉妹クラブを結んでいます。
 来年はお互いのクラブが周年大会を行ない、相互に行き来をします。
 その時には是非とも李登輝先生のお墓参りをしたいと思っています。
 その功績を称え、改めてご冥福をお祈りいたします。

日本李登輝友の会
http://www.ritouki.jp/

総統時の李登輝先生